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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)9189号 判決 1966年11月01日

原告 早野敏明

右訴訟代理人弁護士 菊地政

同 増沢照久

被告 伊佐野隆

右訴訟代理人弁護士 満園勝美

同 今野昭昌

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

(1)  被告は原告に対し金一、三五〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年二月一日以降完済に至るまで年一割二分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行の宣言。

二、請求の原因

(1)  原告は被告に対し弁済期利息を定めることなく次の如く四回に亘り合計一、三五〇、〇〇〇円を貸与した。

(イ)昭和三九年九月一二日 五〇〇、〇〇〇円

(ロ)同年同月一五日    三〇〇、〇〇〇円

(ハ)同年同月二二日    三五〇、〇〇〇円

(ニ)同年一〇月一〇日   三〇〇、〇〇〇円

(2)  原告は被告に対し昭和三九年一二月に至り右貸金の弁済を求めたところ、被告は右金員を昭和四〇年一月末日までに支払うもし右期間内にこれを返済しなかったときは、その翌日より完済に至るまで月一分の割合による遅延損害金を支払うことを約した。

三、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

四、請求原因に対する認否

原告主張の日時においてその主張の額の金員の交付を受けたことは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。本件金員は訴外株式会社瀬田建設がその下請業者に対して支払うべきものを原告が訴外会社のために立替えたものであり、被告はその取次をしたにすぎない。

五、被告の抗弁と原告の認否

(一)  相殺の抗弁

仮りに被告が原告から一、三五〇、〇〇〇円を借受けたとしても、

(1)  被告は、小学校時代からの同窓生である原告の紹介により右訴外会社との間で昭和三九年三月六日次の如き請負契約を締結し原告は被告の保証人となった。

(イ)工事名 伊佐野ビル新築工事

(ロ)工事代金       一四、一八〇、〇〇〇円

(ハ)工期着工後 一八〇日

(ニ)代金支払方法 契約時  一、〇〇〇、〇〇〇円

昭和三九年四月一五日     九、〇〇〇、〇〇〇円

完成時            二、〇〇〇、〇〇〇円

残金二、一八〇、〇〇〇円

引渡後七五日以内

(2)  原告は、訴外会社とは金融取引に関して前から知合いであり、その経理内容を熟知しており、これが本件工事を完成できる能力がないことを知りながら、被告に対し訴外会社との請負契約の締結をすすめ、工事の完成について被告が不安を感じはじめた後においても、瀬田建設のことは心配することはない。最終的には自分が責任をもって清算させるとか、瀬田建設には現在工事中の現場が藤沢市や赤坂にあり、その未収金があるから清算は可能であるとかいって、被告を安心させて、被告が支払をすれば損失を蒙ることを知りながら、下請業者に対する工事代金を被告に立替えさせ、その結果被告は、最初の工事代金見積額より五、八九四、二四四円の超過工事代金を支払った。ところが、訴外会社は昭和三九年六月に倒産し、被告は右過払金の返還を受けられなくなってしまった。

(3)  そこで被告は、本訴(昭和四一年一月一八日の本件口頭弁論期日)において右不法行為に基く損害賠償債権をもって、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

よって原告の請求は失当である。

(二)  原告の認否

被告の抗弁事実を否認する。

六、証拠≪省略≫

理由

一、被告が原告から原告主張の日時にその主張の額の金員の各交付を受けたことは、当事者間に争いがなく右金員が消費貸借の目的として授受されたものであることは、≪証拠省略≫によりこれを認めることができ、≪証拠認否省略≫

二、そこで被告の相殺の抗弁について判断する。

≪証拠省略≫を綜合すれば、被告は、小学校の同窓生である原告の紹介により昭和三九年三月六日、訴外会社と工事代金一、四一八万円の伊佐野ビル新築工事請負契約を締結し、同年三月一六日に一、〇〇〇、〇〇〇円を支払ったが、訴外会社では工事を予定通り進めないので不安になり原告に相談したところ、原告から大丈夫、心配するなといわれ更に、契約による支払日ではないのに、原告から訴外会社に支払うよう、自分が責任をもつからという申出があったので三月三一日三、〇〇〇、〇〇〇円、四月一五日に四、〇〇〇、〇〇〇円を支払ったこと、然るに訴外会社は昭和三九年五月末、手形不渡りを出し本件工事は全体の四割程度しか進捗せず、ストップしたので、その後は被告において直接下請人に支払い工事をすすめ、原告から借り入れた本件金員も被告において下請人に対し直接支払われたものであること。その結果、被告は本件ビルを完成するために約二〇、〇〇〇、〇〇〇円を出費したこと。その間原告は被告の訴外会社に対する不安、危惧の申出に対して「担保もとっているし、最後には心配ないから一時立替えてでもやった方がよい」といって、暗に瀬田建設の工事については自分が責任をもつかのような態度を示し、このため被告も工事代金の支払をしたこと。しかるに原告は昭和三九年一月頃から訴外会社に対し担保をとって手形を割引し、同年五月一五日四、〇〇〇、〇〇〇円を融資するに当っても担保をとっているが、その頃から訴外会社の事業内容が危くなっていたことを知っていたこと、それにもかかわらず、この事情を被告にはふせておき、工事は続けさせるからといって、本件貸付けをしていることなどの事実が認められ、原告の供述中右認定に反する部分は措信しない。

そこで以上の事実に基いて考えるに、いかに原告が金融業を営むものであり、本件金員が形式上は貸金であるといっても、小学校時代の同窓生である被告との間柄において、訴外会社を自ら紹介し、しかもその事業が思わしくないのを知って自己の訴外会社に対する貸金に対しては担保をとりその回収を確保する手段をとりながら、被告の再々に亘る相談に対しては、訴外会社の事業内容については心配する要はない旨虚言を弄し、工事の完成又は、被告の訴外会社に対する債権(過払金の清算工事放棄による賠償等)については訴外会社のため保証するかの如き言辞を用い、これを信用した被告をして、自分ならば恐らく金員の交付を躊躇したのであろう訴外会社に対し金員を交付せしめておきながら(尤も本件貸付金は直接訴外会社に交付されたものではないが、その実質は異るものではない)、これが形式上被告に対する貸金であるからといって、その支払を訴求することの当否は、信義則に照し、頗る疑わしい。殊に原告は被告のために保証人となっているのであるから、なおさらのことであるといえよう。このような観点から、叙上の事実に弁論の全趣旨を綜合して考えると訴外会社が約定に基く工事を施工しなかったため、被告が支出を余儀なくされた出費約五、八二〇、〇〇〇円(総工事費約二〇、〇〇〇、〇〇〇円と本件請負工事代金との差額)は、原告の右述のような信義に反する行為がなかったならば被告としても訴外会社との契約を解消するとか、既に交付した金員についてはその回収をはかるとかして未然に避けえたであろうし、このことは原告としても予見しえた筈であるから、原告は被告の右損害について、少くとも過失の責を逸れることはできないと解すべく、これが賠償責任ありというを妨げない。そして被告が原告の右不法行為による損害賠償債権を自働債権として昭和四一年一月一八日本件口頭弁論期日において、原告の本訴債権と対当額において相殺の意思表示をしたことは記録上明らかであるから原告の本件貸金債権は右相殺により消滅したものと謂うべきである。

しからば原告の本訴請求は理由のないことにきするからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤宏)

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